第3回「営業利益3倍」で会社の価値を決めていいのか?-M&A仲介の株価算定を鵜呑みにしてはいけない理由-
M&A仲介会社との面談で、「御社の株価は営業利益の3倍くらいですね」と言われる、
あるいは経営者自身が「うちなら営業利益の3倍だろう」と、自社に値札を貼ってしまう。
住宅・不動産・建設業界のM&Aの現場では、よくある光景です。
もちろん「営業利益の3倍」は、価値を測るうえで有力な目安です。
ただ、会社の価値はその数字だけで決まるわけではありません。
決算書に表れない強みや、これから活きる可能性まで含めてこそ、「本来の価値」は見えてきます。
「営業利益の3倍」は、価値そのものではなく“目安”にすぎない
中小企業のM&Aで最も広く使われるのが、
「営業利益(あるいはEBITDA)の3倍 + 純資産」という相場感です。
これは、純資産に営業利益の数年分(のれん代)を上乗せして価値を見積もる
「年買法(年倍法)」の考え方で、上場している類似企業の倍率を参照する
「マルチプル法(類似会社比準法)」とは本来別の手法です。
いずれも簡便で分かりやすく、
買い手・売り手・仲介が共通の物差しで水準感を掴めるため、交渉のたたき台として有用です。
問題は、この「目安」が、いつのまにか「結論」として扱われてしまうことです。
「営業利益の3倍」という一言で数字が確定し、「業界の決まり事」として受け入れられてしまう。
しかし年買法もマルチプル法も、あくまで過去の実績や他社事例から導いた“目安”にすぎず、
目の前の1社の価値を測り切ったものではありません。
会社の強みは、営業利益だけには表れない
そもそも、一つの会社の価値は、
直近の利益という一断面だけで測れるほど単純なものではありません。
住宅・不動産・建設業界の会社には、決算書の数字には表れないが、
事業の競争力を支えている強みが数多くあります。
- 地域に根ざした顧客・取引先との関係性:地域で長年かけて積み上げた信用や紹介の基盤、
地場の協力会社・職人ネットワーク。広告費では買えない、住宅・不動産・建設ならではの商圏資産。 - 職人・施工管理を担う人材の技術とノウハウ:一人前になるまで何年もかかる職人や現場監督、
その会社ならではの施工体制・品質管理力。採用ではすぐに揃わない希少な資源。 - 許認可・有資格者に支えられた独自のポジション:建設業許可や、監理技術者・専任技術者・宅地建物取引士といった有資格者。
特定の地域商圏・工種で築いた、新規参入者が簡単には崩せない立ち位置。
これらは、いずれも「今期の営業利益」という数字には直接は表れません。
にもかかわらず、こうした倍率による目安は過去の利益実績を起点に価値をはじき出します。
その結果、会社の本当の強みは評価に反映されないまま、
倍率ではじいた数字だけが「自社の値段」として通用してしまうのです。
「営業利益の3倍」で出た金額は、価値を測る作業の“出発点”ではあっても、
そこに至れば十分という“到達点”ではありません。
それを「うちの会社の価値はこの程度」だと受け止めてしまう。
多くの経営者が最初につまずくのが、この受け止め方です。
会社の価値は、本当に「営業利益の3倍」で測り切れるのか
もし本当に株式価値を営業利益の3倍などといった固定的な物差しだけで測れるものなら、
同じ営業利益の会社は、すべて同じ値段になるはずです。
しかし現実には、同じ利益水準でも「ぜひ欲しい」と言われる会社と、そうでない会社があります。
その差はどこから生まれるのか。
それは、数字の裏側にある「その会社ならではの強み」と、その強みが「これからどう活きるか」の違いです。
その強みは、評価に織り込まれているか
先に挙げた、地域に根ざした顧客・取引先との関係性、
職人・施工管理人材の技術、許認可・有資格者に支えられた独自のポジション。
どんな会社にも、決算書には表れない強みが必ずあるはずです。
では、仲介会社から提示された「営業利益の3倍」という数字に、
それらの強みはきちんと織り込まれているでしょうか。
- 長年かけて築いた顧客基盤は、次の売上にどうつながるものとして評価されているか
- 育てるのに何年もかかる人材や技術は、「代えのきかない資産」として見られているか
- その会社だからこそ持っている立ち位置や信用は、価値として言語化されているか
私たちが売り手支援の現場で見てきた限り、これらは「参考情報」として聞かれることはあっても、
評価額そのものには十分に反映されていないケースが少なくありません。倍率という一律のものさしの上では、
その会社固有の強みは“平均のなか”に埋もれてしまうのです。
強みは、「あるだけ」では価値にならない
ただ、ここで一つ押さえておきたいことがあります。
強みは、ただ「持っている」だけでそのまま価値(評価額)になるわけではない、という点です。
「うちには腕のいい職人がいる」「地域で長く愛されてきた」。それ自体は事実でも、
買い手からすれば、その強みが具体的に売上・利益にどうつながるのかが見えなければ、
金額として評価しようがありません。
つまり、本来のバリュエーションとは、
- その会社が持っている、本来活かされるべき強み・ポテンシャルは何か
- その強みは、これから具体的にどんな売上・利益に結びつくのか
- そのための計画は描けているのか
この3つが揃って初めて、株式価値は意味のある数字として測れます。
「営業利益の3倍」という出発点の数字と、この「強み×ポテンシャル×計画」を
踏まえた数字とでは、たどり着く株式価値はまったく違ってきます。
では、会社の価値を固定的な倍率のなかに埋もれさせず、
「本来の価値」として引き出し、高めていくにはどうすればよいのでしょうか。
バリュエーションは「算出する」ものではなく、「設計する」もの
バリュエーションとは、一律の倍率で「算出する」ものではなく、買い手とのシナジー・相性を軸に「設計する」ものである。
営業利益の3倍といった一律の倍率は、あくまで目安であり、
その一律の評価を鵜呑みにするのではなく、自社の価値を「設計」し、高めてからM&Aに臨む。
これが株価算定において最も大切な視点です。
まずは「強み→可能性→計画」に分解する
では、具体的に何をすればよいのか。
出発点は、自社の価値を「金額」ではなく「中身」で語れるように分解していくことです。
- 強み:その企業が持つ強みは何か。地域に根ざした顧客・取引先との関係性、職人・施工管理人材の技術・ノウハウ、許認可・有資格者に支えられた独自のポジション——決算書には載らない資産を棚卸しする。
- 可能性:その強みにはどんな可能性があるか。その強みを活かせば、どんな新しい市場・顧客・事業に展開できるのかを描く。
- 計画:その可能性を、具体的にどうすれば売上・利益に紐づけられるか。「あればいいな」ではなく、実行可能な手段と数字に落とし込む。
目安の金額だけで測るのではなく、「強み→可能性→計画」と分解していく。
この作業を経た価値こそが、仲介の提示額とはかけ離れた「本来の価値」に近づいていきます。
価値は「誰と組むか」で変わる——シナジーと相性
もう一つ、設計の軸となるのが「誰に譲るか」です。
同じ会社でも、グループインする相手が変われば、その価値は大きく変わります。
ある買い手にとっては「すでに自社で持っているもの」でしかない強みが、
別の買い手にとっては「お金では買えず、営業利益の3倍という物差しでは到底測れない価値」になる。
だからこそ重要なのは、「どれだけ高く買ってくれる相手に売るか」ではなく、
「自社の強みが最も活きる相手、つまり相性のよいグループイン先はどこか」を見極めることです。
自社の強みとシナジーを生む相手と組むことで、その強みははじめて具体的な売上・利益となり、価値として評価されるのです。
グループイン後に、グループ全体の価値がどう変わるか
さらに一歩踏み込むと、バリュエーションで本当に考えるべきは、
「売り手単体の値段」ではなく、「グループインによってグループ全体の価値がどう変わるか」です。
譲渡したら終わり、ではなく、譲渡先と組んだあとに両社の強みが掛け合わさって、グループ全体としての価値がどう高まっていくのか。
その“譲渡後の絵”を描き、設計できているか。ここが、本質的なバリュエーションの中心にある問いです。
売り手にとっても、この視点は大きな意味を持ちます。
「自社がグループに加わることで、グループ全体の価値をここまで引き上げられる」と語れる会社は、
単に「営業利益の3倍です」と言われる会社とは、交渉の立ち位置がまったく異なります。
仲介の提示額は「結論」ではなく「交渉の1材料」
最後に、姿勢の問題です。
仲介会社が提示する金額を、
「確定した結論」として受け入れてしまうのではなく、“交渉の1材料”として扱う。
これが、本質的なバリュエーションのあり方だと考えます。
提示された数字を、「この金額が自社の価値なのだ」と鵜呑みにしない。
その代わりに、自ら分解した「強み→可能性→計画」と、
「どの相手と組めばグループ全体の価値がどう変わるか」を携えて、交渉のテーブルにつく。
提示額は、その対話を始めるための一つの材料にすぎません。
まとめ:価値は「受け取る」ものではなく「設計する」もの
あるべきバリュエーションの考え方を、改めて整理します。
- 目安を鵜呑みにしない:営業利益の3倍といった一律の倍率は、固定値ではなく目安として扱う
- 強みを分解する:「強み→可能性→売上・利益に紐づく計画」の順で具体化する
- 相性で考える:自社の強みが最も活きるグループイン先(シナジー・相性)を軸に価値を高める
- グループ全体で設計する:譲渡後にグループ全体の価値がどう変わるかまでを描く
- 提示額は材料にすぎない:仲介の数字は“確定値”ではなく“交渉の1材料”として扱う
株式価値は、営業利益の3倍といった一律の倍率で決まる固定値ではありません。
大事なのは、自社の強みと可能性を見極め、
相性のよい相手と組むことでグループ全体の価値をどう高めていくかを「設計」することです。
バリュエーションは、仲介会社から「受け取る」ものではなく、
経営者自身が「設計する」ものなのです。